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個人的な啓示
目から鱗とはこういうことを言うのかもしれない。
心から尊敬する人生の先輩と話しをして、
人生の余剰価値ではなく、核心をずばっと指摘された。
もちろん以前から気づいていたことではあったのだけど、
改めて指摘されたことにより言語化できるほど考えがまとまった。
なので、今日はとても個人的な啓示をここに綴ろうと思う。
まっすぐに生きるというのは、責任を引き受けることだ。
それまでの自分の人生に対する、あるいはこれからの人生の決断に対する、重大な責任を。
でもこの責任を引き受けて生きることは、年を取るにつれ、だんだん難しくなる。
なぜなら、何かを選択して決断するというのはまっすぐに自分に向き合うことだから。
たいがいの人は、自分に向き合う恐ろしさから逃げて、自由を放棄して
だらだらのっぺり生きることを選ぶ。
でもそうすると日々の行動のすべてが徐々に、ごまかし、の積み重ねになっていく。
自分の人生を引き受けるよりも、見ないで目をつぶって生きるほうが、ラクになっていくから。どんどん「分別」という名の逃げ口上を語ることだけが達者になっていく。
でも、実は逃げても逃げても問題解決にはまったくならない。
見ないで生きようとしても、問題の根は死ぬまでずっとそこにあるから。
逃げても不安で、逃げなくても不安で、負のデフレスパイラルにはまっていく。
だからもしまだ幸運にも自分が、
一度も人生を変節しないで生きられているのだとしたら、
どんなに震えあがるほど怖かろうが、
深呼吸とともに覚悟を決めて、
真正面から、
その責任をひきうけて生きるべきだと思う。
言うはやすし、行うは難し。
あとは自分がどうなりたいか。
そして人とどう生きたいか。
でも大切なことをいくつも、
もっと大切だと判断した他のことのために犠牲にできることは、
人間として美しい光を放つ力になると思う。
その先輩は最後に「悩みなさい」と言って去っていった。
最高のアドバイスだ。
(November 3, 2008)
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