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スタンダールと日本人の幸福
読売新聞に<日本人の幸福感>についての統計調査が載っていた。
驚くべきことに、自分を幸せだと感じている人は88%もいる。
たださらに驚くべきは、その「幸福とはなんだ」という問いに対しての答えだ。
「何も悪いことが起こらないこと」ーーなんと69%にも及ぶ日本人の幸福感がこれ。
つまるところ、平穏無事・無病息災・現状維持、な生き方を多くの人は望んでいるわけだ。
確かにつつがなく生きることを望む人を、誰も責めることはできない。
けれど人生は一度こっきりなのに、本当にこんなつましい消極的な生き方で、
死ぬとき「満足だ」と微笑めるのか。
新聞読者を対象にしてアンケートを行っていることを考えると、
おそらく回答者の多くはネットよりも活字に親しむ中年以上の世代。
だから、無我夢中になって衝動を発火点に目標を追いつづけることや、
絶えざる変化や進化を求め夢中になり新しい何かに挑戦しつづけることを、
幸福だと答える人があまりいないことも仕方がないのかもしれない。
統計によれば上記のような言動、つまり「一つの目的に向かって
我を忘れて取り組むこと」を幸福だと捉える人はわずか3%しかいない。
確かにリスクを伴わない生き方は、安定という名のやすらかさを産む。
ただ世を捨てた仏僧でもない限り人生に絶対的な安定などまずないし、
ある種の生き方を好む人には、安定、はそく次の日から倦怠に変わっていく。
だからそれを心得ている人間は、あえてリスクのある選択肢をみずから選ぶ。
別の言い方をするなら、怖い、と思う方向性にこそ自分の闘場があることを知っている。
これに関しては先日、シュツットガルトでインタビューを行ったとき
ダンサーのアンナ・オサチェンコが名言を吐いていた。
「No Risk No Life」
リスクがないところに、人生はない。
心底、これには共感する。
ちなみに私個人は昔からスタンダールの以下の言葉を好んできた。
「魂はすべての単調なものに、完全な幸福にさえ飽きる」
人生のある時点で、平穏無事な幸せを望むことも悪くはないと思う。
でもその同じ場所に半恒久的にしがみ続けようとしても、時は過ぎゆき環境は変わる。
だから人は「何も悪いことが起こらない」という不自然な現状維持を望むのではなく、
自然の流れに則って、気負わず変化しつづけていくべきなのだ。
そしてその絶えざる地殻変動を奔放に愉しむプロセスにこそ
自分だけの幸福が宿っているのだと、私は信じたい。
(November 15, 2008)
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