光のアルペジオ

初台のICCで開催されている『ライト・[イン] サイト』に足をはこんだ。
光と視覚をテーマにするこの展示会は、ただぼんやり、その場に並べられている物体を眺め鑑賞するという足場が安全なアート展とは異なり、観る者の身体性にじかに打撃を与えてくるという意味でとてもスリリングなエキジビションだった。なかでもエヴェリーナ・ドムニチ&ドミートリー・ゲルファンドによる『カメラ・ルシーダ:三次元音響観察室』には、言葉も出ないほどの感動を覚えた。

特殊科学媒質が含まれた球体の水槽に、さまざまな周波数の音波を流すことによって、さっと刷毛ではいたような"筋状のルミネサンス"が水槽内に可視化されるという本作。観察者はまず、みずからの目を闇に慣らすため、暗幕でしきられた密室に作品と共にとじこめられることになる。東京の日常生活では絶対に出逢わない、完全なる闇に目をさらすこと3分。「それでは中央の水槽をご覧ください」という係員の指示にしたがって、見えない目を盲者のようにこらし漆黒の闇をじっとみつめていると、刹那の沈黙後ーー、うわぁと思わず涙声が漏れてしまうほどの圧巻美が眼前にあらわれた。浮かんでは沈み、生まれては消える、水槽のなかで奔放に泳ぐ細やかな光の生態たち。跳ねて、揺れて、旋回して、舞って。ふっと息を吹きかけるだけで儚く消えてしまいそうな、これ以上なく繊細な光の羽根が、目の前で秘やかに戯れている。それはまるで望遠鏡で眺める宇宙の散光星雲を裸眼で見つめるような体験でもあり、爽快に舞い上がるモーツァルトのアルペジオを光に変換して可視化するような体験でもあり。とにかくあまりの異空間体験に、日本の、東京の、初台に、自分は立っているんだという現実感が一瞬にして壊されてしまった。

こうしたテクノロジーを使うアートの場合、最先端技術をただ最先端技術として提示して、それですごぶって終わってしまう残念な作品が少なくない。あるいはそうした技術だけを見せる段階からは脱したとしても、「物質Aと物質Bを併せたら物質Cができて面白いんじゃない?」という科学式が完成品から透けて見えてしまうコンセプチュアルすぎる作品が多い。けれどこのドムニチ&ゲルファンドによる作品のように、真にストロングで美しいアートが奇跡的に創造されると、どれほどのリサーチや技術や計算式がその過程でなされていようと、ひとたびそれが完成の陽の目を見たとたん、難解なロジックはこっぱみじんに吹き飛んで、その存在自体が一篇の絶対純度の詩になってしまう。しかもその詩は他者の人生を変えてしまうほどの"体感詩"。これを一度読んだ人は誰しも、世界に対する自分の考えかた、あるいは日常の常態をガラリと変えられてしまう。

ほんの数分の奇跡的な『カメラ・ルシーダ』の体感は、まさしく、私の常態を変えた。
なにか自分の五感が、未開の感覚にとつじょ目覚めてしまった妙なむず痒さを覚え。なにか自分が、この地球上とは異なる特殊組成の空気を吸いはじめてしまった未知の経験を味わいーー。強烈に揺れる思念と、震える体感が、展示室を抜け出したあとも私に残響のようにまとわりついていた。


ICC『ライト・[イン]サイト』
http://www.ntticc.or.jp/Exhibition/2008/Light_InSight/index_j.html


(December 8, 2008)



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