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アイソレーションと脳劣化
この仕事に従事していると、どこにいても基本的に独り。同僚や同族というものがいないため、海外取材に行っても「ウェルカム」と迎え入れてくれる人もいなければ、日本に帰ってきて「ただいま」というべき人もいない。だから外国のホテルにいようが、日本のアパートメントにいようが、いつも同じように空気が乱れぬ沈黙状態。言語や環境は違えど、さほど意識が変容しない。いうなれば人生のすべてが「仮住い」のような現実感の薄さに襲われる。このどこか地に足のつかぬ浮遊感は、束縛がなく生活の垢がつかない、という意味では非常に心地が良いものであり。誰とも深くきりむすばない根無し草という意味では不安なものでもある。まあ個人的に「生活臭」というものを身にまとうことをあまり好まないので。どこかに根をおろし、結婚、子供、ディズニーランド、受験、年賀状、スーパーの安売り、といったお手軽な日常に染まるよりは自分の性分にあっているのかもしれない。どこかで自分の精神が、手慰みの社交よりも、孤独を選んでいるところがあるようにも思う。
ただ最近ふと疑問に思ったことが。あまりにも独りで居続けると、脳の回転速度が落ちていく気がするのだ。ある種の人間は生物学的に放っておくと、孤独に向かう習性があるらしいが。その本能に甘えてずっと独りで居続けると、脳がどんどん同じルーティーンの思考回路しか使用せず萎縮していく感覚がーー実感としていまの私にはある。
そんな疑問を漠然と抱いていたら、まさにこの謎を科学的に説き明かしてくれるドキュメンタリー番組をみつけた。今年初旬にBBC TWOで放映された『HORIZON』というテレビ番組。ここでは6人のボランティア視聴者が、まるまる2日間48時間のあいだ、視覚・聴覚・体感覚のすべてを遮断された完全密室に監禁されることになる。まさに作家ブライアン・キーナンがベイルートで体験したのと同じ"アイソレーション状態"を強要されるわけだが。この実験結果からは、予想を遙かに超える驚きの事実が明らかになった。まず多くの人が二日目以降に、幻視や幻聴を体験する。また暗室から解放された人のほとんどが、記憶体系のが異常劣化を実感する。ある人は監禁から解き放たれた直後に「Fではじまる単語を答えてください」と言われ、一単語も思いつくことができなかった。ちなみに概して女性よりも男性のほうが、監禁の事後症状を端的にあらわに。やっぱり女のほうが環境的順応性が高いらしい。
さてこの番組結果から導きだされる推論とは、人の脳はなんらかの刺激にさらされていないと「即座に劣化する」ということ。つまり使用されない脳は、錆びついた自転車のように、回転速度が遅くなるということだ。かのアリストテレスはこうした科学的根拠が立証されるはるか以前に「人間は社会的な生き物である」と語ったが。これぞけだし至言。人は人としての知的水準を保つために、社会的環境に触れつづけて生きることが物理的に必要なのだ。
もちろん私はこの年齢で、脳の劣化などという恐ろしい症状に襲われたくはない。だから独りで居続けるという仕事形態を変えることはできないけれど、なるべく日常的に未知なる人に会い未知なる会話を開拓できるよう心掛けたい。刺激係数の高い日常を送るほど、脳の知能指数はあがるのだ。
(December 12, 2008)
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