無作法と無思慮

 最近、気になる単語がある。"polite"という英単語だ。これは直訳するなら「礼儀正しい」「愛想がいい」「態度が丁重」といった意味。標準的な日本人の感覚からすると誉め言葉に取られるだろう。けど実は国によっては「He is polite」という形容は逆に、上っ面だけ調子がよくて腹の底が知れない嫌なやつ、というマイナスな意味になる。いったいポライトは良いことか悪いことか。このところ、人のポライト具合が普通以上に気にかかる。

 さて、季節は師走の忘年会シーズン。私もいくつかの恩義を感じる会に出席した。かなり久々に不特定多数の人間が集まる場に顔を出したこともあって、雑駁な会話のノイズにいろいろと驚かされた。なかでも改めて愕然としたのは、標準値・最大公約数・アベレージな会話の場をかっさらう豪腕な恐ろしさ。誰が何を取り決めているわけでもないのに、なんだかその場には「暗黙の会話法典」のようなものが定められていて。その宴の場で話の俎上にあげていいのは、主に仕事、次に病と食、少しがんばって家族の話という規約になっている。で、その法典を犯して不当に突っ込んだ会話をしようものなら、面倒くさい異端児め火刑に処すぞ、みたいな白眼視にさらされることになる。

 もちろん私もそれなりに大人になったので、さほど火の粉を無駄に振りまく幼稚な蛮行を犯すことはなくなった。けれどたまに気を抜くと、ほんの些細な会話のfaux pas(ミスステップ)を踏んでしまうことがある。先日実際にあった小事故は、中年男性に趣味の話をふったとき。「まあ寝てるぐらいかなー」という半笑いの答がかえってきて、それを完全にジョークだとふんだ私は軽く笑いあいづちを返しつづく答を待っていた。だがそれ以上の返答が彼の口から発せられることはなく、数秒の息の止まるような沈黙後、場は冷ややかな雰囲気に包まれた。こうなると私は完全にimpolite=無作法な輩である。

 もちろん私も郷にいれば郷に従えで、あえて無作法な会話を試みようとは思わない。けれどこの「ポライト会話術」には、実は大きな欠点がある。恐らくこの会話術を何の疑いもなく至上命令として身につけ、それ以上高等な会話法を身につけようと努力しないと、のちのち恐ろしい事態を招くことになると思うのだ。つまりーーいざ真剣な会話を真剣な席で迫られたときに、無作法ではないが思いっきり無思慮な答、を返してしまうことになると思う。これはたとえばテレビ番組などで貧乏舌な芸能人が、何を食べても「おいしいおいしい」を連呼するのと同じことで。確かにおいしいと語るのは無作法なことではないけれど、魂を賭して創られた芸術的キュイジーヌに対しての賛辞としては、工業用バキューム機で料理を丸呑みするようなもので、粗暴で無思慮すぎる言葉であるように思う。
 
 社交場での「へぇー」「いいね」「おもしろい」。こうしたポライトな相づちは確かに会話の潤滑油にはなる。けれど時と場合によっては、相手を唖然とさせるほどの無思慮さを露呈することに。そして今の私には、無作法さよりも無思慮さがとても恐ろしく思える。

(December 26, 2008)



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