コペンハーゲンの人口美

冬色の鈍い太陽が落ちると、ちらちらと静夜に雪が舞う零下のコペンハーゲン。
この町を訪れるたびに思うのは、なんて朗らかで絵本のように美しい世界なんだろうということ。チューリップやバラの花を無造作に束売りする素朴なマーケット、芥子色や若草色や空色の布地を窓にはためかす愛らしいインテリアショップ、近くの海辺から遊びにくるカモメたちが暢気に空を旋回する劇場前広場。穏やかで、平らかで、満ちたりた、暮らしむきの良さがうかがえるブルジョワな香りがあたりを覆っている。

けれど、何かがおかしい。何かが窮屈。何かがきれいすぎる感じがする。と、へそ曲がりな私の「違和感レーダー」が今回の旅では作動しはじめる。よし、ここはひとつ観光地といわれる場所を抜け出してみよう。そんな決意を腹にすえ、ホテルのレセプションで地元人の日常移動ツールである自転車を借りる。そして寒風に負けずびゅんびゅん町中を走りまわってみることにする。巨漢揃いのデンマーク人仕様のため、私では足がほとんど地面につかない真っ黒で無粋な自転車にまたがり、いざ出発。たいがいの奇抜でおもしろいアンダーグランド・カルチャーは「裏路地にある」という定則を信じ、なるべく人通りの少ない裏道を散策してみる。

数十分後、信じたくもない、ひとつの事実が頭をもたげてくる。この町には「裏路地の顔」がほとんどないのかもしれないーー。完璧に舗装された表通りは、土曜日のショッピングをゆったり楽しむファミリーで溢れかえっている。だがそこから一本裏に入ると、ショップやカフェがないどころかあたりいちめんなんにもない。いきなりのっぺらぼうで、無表情で、しらけた空間が現れる。しかも15分も自転車で走れば、シティセンターの賑やかさは完全にとだえて、公園で犬ころのように雪遊びに惚ける子供たちの声が響く静かな住宅街に突入する。美しいシティセンター、平和な住宅街、のっぺらぼうな裏通り。快楽や強慾や絶望が身にまとわりつき、こすってもこすっても垢のようにとれない、負の人間臭さがどこにもない。デンマーク人のみょうに折目正しいポライトな会話術もあいまって、純白のペカペカな美しさが世界の果てまで続くように思える。

夕刻。ちくしょう、全然、闇の顔を見せやがらない、腹の底を割らない町だぜ、と心のなかで毒つきながら、あきらめてホテルに帰ることに。ぼんやりと頭を空っぽにしてコペンハーゲン中央駅を背に、どこかもわからぬ裏通りをぬけていく。と、突然、ポルノ、ゲイ、セックスといったネオンが目に飛び込んでくる。またクミンやらナンプラーやらカレーやらの異国の香辛料が鼻をついてくる。さきほどまでの傲慢なほど輝かしい白人文化とはうってかわって、黄土色の肌の人々がやるせなく疲れた表情でたたずんでいる。あきらかにデンマーク人が見せたがらないデンマークの顔がここにはある。人間臭い負の感情がここにはある。ああ、ようやくなんらかの町の本音に辿りつけたぞ。そんな安堵感が心に浮かぶと同時に、こうした人々は純白の市内中心部から暗に「排斥されている」という残酷な事実も理解されてくる。今日の私は純白世界のド真ん中にある王立劇場での取材仕事を終えてきたばかり。だが、顔かたちは周りの移民社会に溶け込んでいる。なんだか複雑な気持ちになる。

王立劇場やティボリ公園やアンデルセンの待つ市庁舎広場のまわりでは、そこらのなにげないカフェに入っても金髪の美男美女が働いている。ちょっとした洗脳のように、まるで美しいものしかコペンハーゲンにはないように思えてくる。けれど、光や美や豊かさだけの世界なんでどこにもない。幸福の匂いだけで埋め尽くされた国なんてありえない。ただこの町では、おそろしいほど強引に、闇や穢れや不幸といった負の要素が、目に見えぬところに押しこめられている。そして完璧に制御された人工美が、観光客の写真におさまる表通りで勝ち誇っている。

(February 22, 2009)



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