めんどうくさいの罪

めんどうくさい。この感情ほど厄介なしろものはない。人間は日々なにかしらの目標を掲げて生きていく。が、たいがいの目標は、この黄土色のぬり壁のように分厚い「めんどうくさい」のまえに無残にも倒れる。英会話の習得だろうが、プログラミングのスキルだろうが、フランス文学の教養を独学で身につけるのであろうが。どれほど頭で「やろうやろう」とあくせくしても、腹の底からふつふつとめんどうくさいの灰汁が湧いてくる。正直なところ、この厄介な感情が湧いてくるときは、たいがい人は本当の意味で掲げた目標に身を投じようと思っていない。その技術が自分にとってさほど重要なものだとは思えないため、まあいいか、と道半ばで放り投げることになる。そして放っておけば人はどんどん、らくちんなほうに流れていく。子供のころ、倒れても倒れても、まだ前に進もうとしたあのころの健気さを失って、ぬくい湯船のような現状に耽溺してしってしまう。

禅寺の坊さんに以前、座禅では我慢が基本だと言われた。いきなり甘い汁だけど吸おうと思っても無理。苦い水を飲み続け、我慢をしたのちに、本当の意味での心やすさが訪れる。なかなか真理をついた言葉だと思った。でもこの小忙しい現代において、日々の情報の嵐に流されず、じっと根を張り我慢をするという能力は、本当にまれ。国宝級にまれな才能のような気がする。

そもそも、現代人はずいぶん昔に、言葉で何かを伝える努力さえも「めんどうくさい」と放棄してしまった気がする。そして、なるべく省エネに、なるべく衝突を避けて、らくちんに日々を過ごしていこうとしている。

人間には言葉にできない感情がある。確かにそれはそのとおりだ。けれどこの事実を無敵の印籠のようにたかだかと掲げ、はなから感情を言葉にする営為を放棄してしまったら、人はどんどん孤独になってゆく。なぜなら、言葉にしなくても分かってもらえるはず、通じることができるはず、というエスパーのような能力を他者に期待すればするほど、それはあきらかに、裏切られる確率をあげることになるわけで。伝える努力もせず、期待だけ高くして、勝手に裏切られて、さらに自閉していく。この悪循環を繰り返し、いま社会の会話の質がどんどん劣化している気がする。

要件だけを伝える無味乾燥な事務会話、暗黙のルールに則って行われる社交辞令会話、自宅や赤提灯で緊張感をすべて解いて自分の感情をたれながす日記会話ーー。生産的で知的な会話の現場は、いずこ。自分の思考に責任を持ち、それをふんばって能動的に言語化する。そしてその言葉を発信する。これには努力と、ちょっとした勇気が必要。だけどこの行為を「めんどうくさい」と放棄してしまった日には、なにを楽しみに生きていくのだろう。

(April 1, 2009)



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