NYストーリー 1

チクタクチクタク。ひさびさに降り立ったニューヨークの街は厳格なデジタル時計に支配されていた。すべての行動が分刻み。たとえば『NY1』のニュースは1分単位のカウントダウンクロックが画面下に表示されていて、その日のトピックを、分ごとに区切って次から次に議題にあげていく。最初の1分はWTCのサミットについて、次の1分はブロードウェイの不況について、さらに次の1分はミシェル・オバマのファッションにうついて、と超音速の早口英語を駆使するコメンテーターふたりが、白の観点と黒の観点の両面から、双方一歩も譲らぬ強固な意見をまくしたてていく。ああなんて、せわしないニュース番組。なんだか見終えたあと、ニューヨークの街中が事件につぐ事件で、つねに追い立てられているかのような印象を覚え、ぐったりしてしまう。

ちなみに、このやや強迫神経症的ともいえるニューロティックなせわしなさは、私が訪れた取材先のクライアントたちにの性格も端的に表れていた。取材の約束時間は午後4時。礼儀正しい日本人らしく5分前に待ち合わせ場所のステージドアに赴けば、先方は時間の30秒前にドア口から「ハーイ」と上機嫌に表れる。そして持ち合わせの取材時間である30分を、これまたカウントダウンクロックがついたトークのように早口英語でまくしたて、きっかり時間どおりジャストに話し終える。そして何事もなかったかのように「バーイ」と一陣の風のように去っていく。

さらにもっとニューヨーク的なのが、取材と取材のインターバル時間の使い方。私は一日に5人のクライアントにインタビューを行ったのだが、たとえ、あいまの休憩時間が10分しかなかったとしても、部外者である私は例外なくいちど取材現場のビルから追い出されることになる。そして「また10分後にステージドアに来い」と申しつけられる。最初はこの待遇に、なんて他人に対して思いやりのない人たちなんだ、10分ぐらい同じ取材室で待たせてくれてもいいじゃないか、とふてくされてしまったが。ある地元民に聞いたところ、逆にこの処置は「10分間も、私の自由時間を束縛するのは申し訳ない」という彼らの思いやりからの行動らしい。

ニューヨークを闊歩する人々は、驚くべきことに3人にひとりは、iPHONEかブラックベリーを持ち自分のスケジュールをコントロールしている。となると10分のあいだに、個人メールをチェックしたり、Fedexの郵送状況を確認したり、Twitterで友人にコメントを送ったりして、有効に時間を費やすのだろう。

そういえば取材に応じてくれた女性ひとりが「ニューヨークにいる限り、退屈することはないわ」と喜々として語ってくれた。だがこちらからすると「退屈することがない」というよりむしろ人々は「退屈することを怖れている」ように思える。それぐらい彼らは日々の一分一分に、可能な限りのアクションとインフォメーションとディシジョンを詰めこんで生きている。ニューヨークは孤独な街。世界中から人々が集まってきては、一期一会で、人々が去っていく。だからこそ、ここで暮らすニューヨーカーたちは、過剰に自分の時間を埋め尽くして、ひとりぼっちになる孤独な時間がふとした日常の隙間から入り込んでこないように自己防御しているのかもしれない。

(May 21, 2009)



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