男女の俗説を論証する

「男ってもんはさぁ」「女って本当にさぁ」。
町のカフェや居酒屋でいつ終わるともなく繰り返される男女論。こうした愚痴話を耳にするたびに、最近、私のなかではあるひとつの欲望がむくむくと湧いてくる。確かに男と女は違う。思考方法も、行動指針も、現実の切り取り方もすべて違う。じゃあ、なんで。その「なんで」の部分を、男女の居酒屋レベルの俗説に終わらせるのでなく、あえてアカデミックに追求してみたい。せっかくみんな必死になって男女の溝についての会話を交わすのだから、それをもう少し体系立てて説明できたら、よりおもしろいんじゃないのか。そんな知的好奇心が否応なく湧いてきて、最近の私は、時間が許す限りさまざまな視点からの男女論を読み漁り中。自分としても切迫した衝動からはじめたことなので、みるみる知識が知恵となって体に染みこんでいく。

そんななか、あるユング心理学の本で非常に興味深い一文に出逢った。ユングさんは、男女間には生まれながらにして身体的な差違があるのと同様に、精神面でも生まれながらにして違いがあると説いた人。男女平等を訴えるフェミニストたちから、いっせいに噛みつかれそうな論理だが、私は彼の考えは間違っていないように思う。以下に、その一文を抜粋。

<女性の意識的態度は、一般的に男性のそれにくらべてはるかに個人的である。女性の世界は、父親と母親、兄弟と姉妹、夫と子どもたちから成っている。(略)本質的には自分自身にしか興味をもっていない。男性の世界は、民族であり、国家であり、利益コンツェルンなどである。家族は単に目的のための手段、国家の基礎のひとつにすぎない。妻は必ずしもその女性でなければならないわけではない。普遍的なものの方が男性にとっては、個人的なものよりも切実な問題である。>

なんだか、観念的すぎて「よくわからない」という人もいるかもしれないので、具体例をあげて少し補足。たとえばある年若い男女が、それぞれの将来のヴィジョンについての言葉を交わしているとする。だがこのとき言葉は交わされていても、言葉が共有されることは(皆無とはいわないが)めったにない。なぜならユングが言うように男は社会的で、女は個人的な生き物だから。おそらくこのとき男性側は「仕事で昇進したい」「自己実現を果たしたい」「社会で存在を認めさせたい」といった”一人称で社会とどう対峙するか”といった能動的な欲求を多く口にするはずで、逆に女性側は「愛する人と一緒にいたい」「友人との時間を増やしたい」「仕事場で楽しくすごしたい」といった”一人称と社会をどう融合させるか”といった許容的な欲求を多く語るはずだ。

もちろん、これは一般論なのですべての人に当てはまるとは言わない。でも私が個人的に会う機会のあった身のまわりの人々、大学教授、大学院生、大学生、アーティスト、サラリーマン、自由業者、フリーターの、男女を思い浮かべてみると……、かなりの確率でこの一般論があてはまることに恐ろしさを覚える。ちなみに私自身は、女性的な個人レベルの欲求が基底にありながら、厄介なことに、男性的な社会レベルの欲求も少なからずある人間。だからすべての話を「家族」や「子供」や「自分」に収束させ、しかもその道徳観を無自覚に聖化する女性に会うと腹の底からイラッとするし(大人げなくてすみません)、逆に自分を社会に役立てるミッションを掲げて生きなければ絶対に人として美しくないと鼻息を荒くする男性に会ってもドードーといさめたくなる。難儀な性格だ。

でもいずれにしろ、男も女も自分の世界の見方こそが絶対善だと思わないこと。互いに白とも黒ともつかない不確かな余白を持って接することによって、はじめて対等なコミュニケーションが生まれてくる。私は、さも真実のすべてを握っているようなしたり顔で語る人、常套句やブルジョワの良識を疑いもなくふりかざす人、広いオフィスで7時間働いてそれだけで自信満々に生きている人が、嫌いだ。自分を愛していられるだけの自信を崩さぬことは大切だけれど、自信を持つことで自分を育む謙虚さを失う危険があることも忘れてはならない。今後は自戒の念もこめて、私は女である時点で、ある種のバイアスがかかった世界しか切り取れていないことを考えながら生きていきたい。

(August 28, 2009)



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