平和なカフェと戦争

執筆のためによく喫茶店を利用する。スターバックスやセガフレードなど何処にでもあるチェーン店だ。日本では喫茶店という呼称のもと認知される店に入ると、どうしてもゆっくり長居できない。うちの自慢の珈琲を味わって一息ついたら「ご退席下さい」という婉曲的圧力をーーたとえばお冷やをそそぎに来るタイミングなどに感じてーーなんとも落ち着かない。し、愛用マックブックを開いて仕事をするなど、たまにやるけど、かなり度胸がいる。そこへくると時間単位のシフトで働くバイト君たちが店を仕切るチェーン店はじつに気楽。ラテ1杯で何時間でも放っておいてくれる。

さてそんな自由空間にまっぴるまから長居をしていると、仕事現場では会うことのない、実に雑多な人々に遭遇する。校則ぎりぎりのラインでどれだけ長い「まつげエクステンション」をつけられるかに一時間も悩む女子高生たち。自分がどれだけ東京の道路事情に詳しいかを自慢しあう免許取りたてと思しき男子大学生たち。その横で席のうえにあぐらをかき食い入るように求人情報誌を睨みつづける三十代男性。じつにすべてが日本的だ。そんなおり、偶然にもとてもとても興味深い議論に出くわした。わたしの隣に着座した、三十代前半の男子と四十代のおじさん。ふたりは同郷の知り合いらしく、東京で久方ぶりに会ったよう。若いほうはネルシャツにジーンズ、冴えない風体でフリーターとして東京で暮らしている。中年のほうはグレーのスーツに水玉ネクタイ、出張で一時上京中だ。

「夢を持てよ」と、おっさんは若者をいきなり鼓舞しはじめた。夢を持てよ、まだ若いんだから。なんだってできるじゃないか。フリーターは確かにきついかもしれない。でも働きながら週末に好きなことをして夢を叶えるやつはいるよ。俺の知り合いでもそうして作家になった奴がいる。すごいんだぞ。広告会社で働きながら、しこしこ週末に原稿を書きつづけたんだ。おまえ、建築家になりたいって言ってたじゃないか。なにか勉強してるのか?

若者の返答は、じつに現代東京的。夢どころじゃない。夕方から夜勤に出て朝帰宅して、午後まで寝ての繰りかえし。週6日それで働いて、月に13万しか給料が入らない。一人暮らしもできないし、彼女もできない。その年齢でなぜ親元を離れないんだ、とまわりには白い目で見られるけど現実問題むりなんだ。それに建築家云々はもう若いときの話だよ。いまは普通に家庭をもって普通のしあわせを手にいれたい。でも、その未来も僕には思い描けない。

この嘆きに対してまたおっさんが「辛気くさいことを言うな」と喝をいれ、その言葉に対して若者が「でも」とさらに沈んでいく。歩みよりも解決もない永遠のリピテーション。

さて、この無限会話の何がそんなにおもしろかったのか。端的に言うならそれは「おっさんが夢の不在を嘆き、若者が希望の不在を嘆く」その世代的な価値観のちがいにある。おじさんが社会に出たとき、世はおそらくバブルだった。平日仕事をしていれば、週末に夢に打ち込むことも可能だった。普通に生きていれば普通に給料がもらえ、その経済力で余暇をまわせた安楽な時代だ。ひるがえって若者は、現代の暗黒不況に生きる。氷河期に就職活動をするも内定をもらえず、非正規雇用で今まで食いつないできた、だが働けど働けど自立した生活が望めない。普通に生きたいという希望さえ叶わない。いわんや、その先にある夢をや。

と、いきなり若者が妙に明晰な口調で暴言を吐き隣席のわたしを仰天させた。
「戦争がおきればいいんだ」
戦争がおきれば、世のすべてが崩れる。そうすれば僕にもチャンスがまわってくる。英雄にだってなれるかもしれないし、退屈な日々はとりあえず終わる。まるでフリーター論客のひとり赤城智弘さんが語る世界転覆願望そのものだ。東京ではいま、三十代までの若者の三人にひとりが非正規雇用労働者だ。にもかかわらず就業時間はヨーロッパより年500時間ほど多く、年間三万人以上が自殺する。そんな夢も希望も持てない世界では、若者は平和より戦争を望むのか。甘えたこと言うんじゃない、自己責任だろ、働けよ、前進しろよ、と社会基盤が安定した場にいる大人が叱ることはたやすい。でも本当にこの隣席の男子は、戦争という未来にしか希望が持てないのかもしれない。彼にとってそれは極論ではなくいたく現実論なのだ。明るくないブログを書くのは嫌だ。でもこの平日の平和なカフェの一角でひたひたと進む末期症状は、さすがにロスジェネ同世代として看過できないように思う。非正規雇用を増やすスタバではなく街の喫茶店に、少しけむたくても行くべきなのかもしれない。

目をおとせば手元には寺山修司。
「僕はいまできることでこの生ぬるい湯気みたいな平和に抵抗するしかないんだ」

(January 29, 2010)



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