質問を投げるピッチャー

質問力について考える。職業柄、質問の精度をあげることには日々苦心している。なぜなら、これは数年来の仕事経験のすえ辿り着いたテーゼなのだけれど、質問の精度が高ければ解答の精度も高いから。「この作品のテーマはなんですか?」なんて漠然とした質問を投げかけても、相手もその球をどう打ち返したらいいかわからない。し、打ち返す気も失せてしまう。この球は俺に向かって投げられているぞ、と思わせる適確な質問を投げなければダメだ。

また要点を得ずにしゃべりはじめ、最終的になにが問いなのか分からないダラダラトークをつづけるのも困りもの。Clear(明解)に、Concise(簡潔)に、Correct(適確)に。これが質問力には肝心。CNNジャーナリストのクリスティン・アマンプール氏の質問など、この3つのCを完璧にマスターしていて非常に勉強になる。ただ彼女の作法はすこし米国的なアグレッスブさが強すぎるように思えるので、日本社会で採用する場合には、個人的にこの3つのCにもうひとつCompassionate(思いやり)を付け足すようにしている。

ちなみに、質問をする際にもっともやってはいけないことは何か。それは自我をひけらかすことだ。知識を吹聴するため、意見を誇示するため、むりやりそれを質問に仕立てて相手に身勝手にぶつける。これは絶対にやってはいけないマナー違反である。情報処理レベルの質問は別にして、情緒レベルの質問というのは、相手に明解に気持ちよく話してもらうための行為であって、自分が気持ちよくなるための行為ではない。でもそこのところをきちんとふまえずに、質問ボールと「エゴボール」を混同して投げてしまう人が意外に多い。

先日あるパフォーマンスのアフタートークを聞いていて驚いた。あまりにもこの手の「エゴ・クエスチョン」をする人が多いのだ。たしかにその場には、学のある、知識のある、質問が豊富にとびかっていた。だが残念なことに実際に質問された解答者は、どうしたらいいものやらしゃべりづらそうだった。最近は若年層におけるコミュニケーション能力の劣化が嘆かれて久しいけれど、その能力低下の原因は、むしろ発言力よりも質問力の低下にあるのではないか。いい球を投げるピッチャーがいなければ、会話という名のゲームさえはじまらない。ーーと、そんなことを考えながら風呂場で強烈な睡魔に襲われ溺れかけた今夜。文章がいつもよりキレがないけれど、しょうがない、もう寝よう。

(February 22, 2010)



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