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2011年を振り返る
2011年が終わろうとしています。今年を振り返ってまず素直に思うことは、なんだかとても時間感覚が妙な一年だったなということです。
長い長い道のりを歩いて別地点に達したような線分的な時間感覚がある一方で、ひとつの巨大なブラックホールのなかにすっぽり飲まれ出られなくなってしまったような点的な時間も感じられる。この感覚を自分なりに言語化するならば、まちがいなく後者の点的時間は三月の震災以後、つねにおなじ不安水脈が自分のなかに流れていた感覚からくる「どうにも抜け出せない感」です。その地下水を自力で途絶えさせることはどうにもできなくて、その冷たい水にいつも足首まで浸かりながら、大学院に通いはじめたり、ロンドンで新生活をはじめたり、英語記事を書きはじめたり、初めての本を出版したり、といろいろ線分的な時を刻む出来事を経験してきました。だから今年は、この避けられない体感から自分がどんどん変わっていった、いや、変えられていった一年で、結果的にまずなにより「思考と行動の順序」が変わってしまいました。
今までは自分単独の思考というブロックの積み重ねで行動というオブジェが作られていったのですが、今年は、社会や環境という巨大隕石からくらった影響にとにかく自分なりに精一杯リアクトするかたちで行動が決められ、その行動の大胆さに自分でも驚きながら個人思考が作り変えられていった年でした。で、結果的にこれは、とても学びの多い経験でした。なぜなら「思考と行為の逆転現象」によって、自分や他者のことをよりクリアに理解することができたからです。
思考と行動の関係性を考えるに、、、熟慮するまでもなく人がとってしまう「行動」というのは、実はあさはかな行為として軽視すべきものではなくて、その人の本質をとてもクリアにあらわしてしまう人の「コア」みたいなものの発露です。どんなに思考という衣で綺麗に着飾っていても、どんなに言語という剣を持ち立派に振る舞っていても、そんなものがこれっぽっちも役立たなくなったとき、素っ裸の人間の「核」としての行動があらわれてくる。果たして身ぐる剥がれたときに、人はどんな行動に出るのか。もっと簡単にいえば、ピンチのときにどうでるか。それが今年三月の言葉では言い表しようもない不幸な大惨事によって、良くも悪くも明快に見えてきました。
また、社会や環境というものから大打撃を喰らったがために、「自分と国家の関係性」というものに対しても見方がかなり変わったように思います。いままでは自分が育った国家というものは無条件に守るべきものであり、貢献すべきものであり、慈しむべきものであるという感覚がありました。けれど今回の震災以後、政治への不信感、東電への不信感、さらに根が深いおおきな不信感などがどんどんふくらんでいき、結果的にこの「日本」という国家に対して自分はいままでどおり「従順に仕えるべきなのか」という素朴な疑問が湧いてきました。もっと大きな枠で、つまり国家という枠を取っ払ったうえで、世界をつかんでいくべきなんじゃないか。そうしないと、いいように利用されて餌食にされて暮らしていくことになるんじゃないか。そんなのまっぴらごめんだぜ、と思い苦手だった国際政治や世界経済の勉強をはじめるようになりました。そういうマクロなビジョンから物事を掴んでいかないことには、日本という国との接し方がなりたたない世界になってきてるからです。
総括するなら、今年は二つのバランス感覚が激変した一年でした。ひとつは思考と行動の、もうひとつは自分と国家の、バランス感覚が完全に変わった。そんななかで副次的に、自分の生き方や、身のまわりの人間関係に対しての腹のくくり方も変わっていったという感じです。個人なんてちっぽけなものです。社会や世界が変われば、それに対応してサバイブしていくしかありません。でもそんな変化の大波のなかでも、なんとかただ単に流れに呑まれパッシブ(受動的)に生きるだけじゃなくて、自分で流れを読みとってアクティブ(能動的)に活路を拓いていきたい。もっといえば、そういうちっぽけでも意志のある個人が増えていったら、もしかしたら波さえも動かせるんじゃないか……、期待はしないけど希望は持ちたいと願う年の瀬です。
今年一年、みなさん本当にお世話になりました。人は人に助けられて生きてるんだなと深く実感できた一年でした。
(December 31, 2011)
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