|
死ぬまでの短い時間
2007年12月3日
ベニサンピット
風のように不確かな感情を視覚化する
人間の感情は気まぐれだ。流れたり、
止まったり、あさっての方向に進んだり。
そんな感情のおぼつかなさを、作・演出
の岩松了はここで「風」にたとえること
で、これ以上なく丁寧に綴ってみせた。
落葉がないと風が視覚化できないのと同
様に、人の感情は決して明確に目にする
ことができない。だから他者の感情がど
んな密度で、どんな速度で、どんな方向
に進んでいるかは、感情の副産物である
”言葉”や”行動”からしか推し量れない。
簡潔な一幕劇にまとめられたこの舞台で
は、そんな言葉や行動のかけらが、まる
で崖下に流れつく漂流物のように、無数
に現れてはふっと消えていく。
秋山と北村の二人は、そうしたとぎれ
とぎれの感情の線分を、色っぽく美しく
余韻を含んだまま、バンド演奏に乗せ形
にしていく。いつでも世の事件を尻目に
我関せずと生きていく傍観者な清水と、
向い風で顔に張りつく新聞紙を払いのけ
ることもできないほど主観一直線な女。
そんな正反対の二人が生死の概念を乗り
こえた場所で、最後に”同じ風景”を眺め
る。他人の感情を丸ごと掴むことはでき
ないが、ある一点でならなんとか睦みあ
えるかも。そんな希望も浮かぶ、小劇場
にふさわしい”感情の実験劇”であった。
[ストーリー]
風の吹くある寂れた町に葛飾から女(秋
山)がやってくる。「崖っぷちまで行って
欲しいの」。彼女はタクシー運転手の清水
(北村)にそう告げたかと思うと、後部
座席に乗りマッチで煙草を灯した。どう
やらまた一人、自殺志願者の女がこの町
に流れ込んだらしい。清水はそんな女た
ちを何人も今まで崖まで送り届けてきた。
「仕事だから」と彼は言う。だがコウス
ケという青年(田中)を除く多くの町民
たちは、清水のことを自殺幇助の罪を犯
す倫理の欠けた男として白眼視していた。
(オリジナル原稿は「TOPSTAGE」に掲載)
|