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   <title>THE OFFICIAL WEBSITE OF KYOKO IWAKI</title>
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   <subtitle>ジャーナリスト岩城京子の公式ホームページ</subtitle>
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   <title>2011年を振り返る</title>
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   <published>2011-12-31T11:15:47Z</published>
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   <summary>2011年が終わろうとしています。今年を振り返ってまず素直に思うことは、なんだか...</summary>
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      2011年が終わろうとしています。今年を振り返ってまず素直に思うことは、なんだかとても時間感覚が妙な一年だったなということです。

長い長い道のりを歩いて別地点に達したような線分的な時間感覚がある一方で、ひとつの巨大なブラックホールのなかにすっぽり飲まれ出られなくなってしまったような点的な時間も感じられる。この感覚を自分なりに言語化するならば、まちがいなく後者の点的時間は三月の震災以後、つねにおなじ不安水脈が自分のなかに流れていた感覚からくる「どうにも抜け出せない感」です。その地下水を自力で途絶えさせることはどうにもできなくて、その冷たい水にいつも足首まで浸かりながら、大学院に通いはじめたり、ロンドンで新生活をはじめたり、英語記事を書きはじめたり、初めての本を出版したり、といろいろ線分的な時を刻む出来事を経験してきました。だから今年は、この避けられない体感から自分がどんどん変わっていった、いや、変えられていった一年で、結果的にまずなにより「思考と行動の順序」が変わってしまいました。

今までは自分単独の思考というブロックの積み重ねで行動というオブジェが作られていったのですが、今年は、社会や環境という巨大隕石からくらった影響にとにかく自分なりに精一杯リアクトするかたちで行動が決められ、その行動の大胆さに自分でも驚きながら個人思考が作り変えられていった年でした。で、結果的にこれは、とても学びの多い経験でした。なぜなら「思考と行為の逆転現象」によって、自分や他者のことをよりクリアに理解することができたからです。

思考と行動の関係性を考えるに、、、熟慮するまでもなく人がとってしまう「行動」というのは、実はあさはかな行為として軽視すべきものではなくて、その人の本質をとてもクリアにあらわしてしまう人の「コア」みたいなものの発露です。どんなに思考という衣で綺麗に着飾っていても、どんなに言語という剣を持ち立派に振る舞っていても、そんなものがこれっぽっちも役立たなくなったとき、素っ裸の人間の「核」としての行動があらわれてくる。果たして身ぐる剥がれたときに、人はどんな行動に出るのか。もっと簡単にいえば、ピンチのときにどうでるか。それが今年三月の言葉では言い表しようもない不幸な大惨事によって、良くも悪くも明快に見えてきました。

また、社会や環境というものから大打撃を喰らったがために、「自分と国家の関係性」というものに対しても見方がかなり変わったように思います。いままでは自分が育った国家というものは無条件に守るべきものであり、貢献すべきものであり、慈しむべきものであるという感覚がありました。けれど今回の震災以後、政治への不信感、東電への不信感、さらに根が深いおおきな不信感などがどんどんふくらんでいき、結果的にこの「日本」という国家に対して自分はいままでどおり「従順に仕えるべきなのか」という素朴な疑問が湧いてきました。もっと大きな枠で、つまり国家という枠を取っ払ったうえで、世界をつかんでいくべきなんじゃないか。そうしないと、いいように利用されて餌食にされて暮らしていくことになるんじゃないか。そんなのまっぴらごめんだぜ、と思い苦手だった国際政治や世界経済の勉強をはじめるようになりました。そういうマクロなビジョンから物事を掴んでいかないことには、日本という国との接し方がなりたたない世界になってきてるからです。

総括するなら、今年は二つのバランス感覚が激変した一年でした。ひとつは思考と行動の、もうひとつは自分と国家の、バランス感覚が完全に変わった。そんななかで副次的に、自分の生き方や、身のまわりの人間関係に対しての腹のくくり方も変わっていったという感じです。個人なんてちっぽけなものです。社会や世界が変われば、それに対応してサバイブしていくしかありません。でもそんな変化の大波のなかでも、なんとかただ単に流れに呑まれパッシブ（受動的）に生きるだけじゃなくて、自分で流れを読みとってアクティブ（能動的）に活路を拓いていきたい。もっといえば、そういうちっぽけでも意志のある個人が増えていったら、もしかしたら波さえも動かせるんじゃないか……、期待はしないけど希望は持ちたいと願う年の瀬です。

今年一年、みなさん本当にお世話になりました。人は人に助けられて生きてるんだなと深く実感できた一年でした。

(December 31, 2011)
      
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   <title>美女と酒と芸術のクルージュ</title>
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   <published>2011-11-26T22:10:25Z</published>
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      先週、ルーマニアのクジュールという町を訪問して「Temps d&apos;Image」というフェスティバルを視察してきました。このフェスはドイツ、カナダ、ポルトガル、ハンガリーなどでも同名のフェスが開催されていて、母体はフランス。で、そのルーマニア支部を訪れてきたという感じです。フェスティバルのディレクターはほぼ私と同年齢の女性で、若くてイキの良いルーマニアの若手作家を世界に向けて紹介したい！という、パイオニア精神に非常に共感しました。特徴として面白かったのは、日本でいうならテン年代と言われる、80年代生まれの若手作家たちが今になって1989年のチャウシェスク政権崩壊の事実を語りはじめているということ。自分が生まればかりの頃の革命史なんて日本人だったらおそらく気にしないで生きていきそうですが、彼らにとってはそれは「過去」の過ぎ去った問題ではなく「現実」として取り組むべき問題。今のぼくらが語らなければ未来は元の木阿弥になってしまう、という危機感とパワーを感じてその真摯さに心を打たれました。

なかでもデヴィッド・シュワルツという演出家の『Heated Heads』という一人芝居がすばらしかった。これは革命直後の1990年 6月13日から15日に行われた30人の民間人・公人へのインタビューをもとに作られたドキュメンタリー演劇で、銀行員から、パンクロッカーから、詩人から、大学教授から、革命後権力の座についたイオン・イリエスク大統領まで、全員を20代半ばの役者ひとりが演じきります。その素晴らしい演技の精度とともに真実の「声」が蘇ってきて、私はルーマニアの歴史のことに詳しくは知らないですが、隠されていたからこそ民衆の心に深く傷跡を残している政治の暴力のデカさに怖気を覚えました。と同時に、政府が隠した真実がいつ明かされるのか、、、という点で日本のいまと同調してしまい、我が国の未来を予見するようで末恐ろしくもなりました。

さてさて、演劇のことはさておいて、さらに面白かったのがルーマニア・クルージュの町です。とにかくこの町は「カオス」に満ちているのです。まずクルージュ空港への着陸時の飛行機内からカオスで、誰も彼もが飛行機が止まるか止まらないかってことも待たずに、席を立って我先にと出口に向かおうとする。こんな事態、私は飛行機にはわりといっぱい乗るほうですが初めて出くわしました。私の考えではこれは貧しかった共産主義時代の名残じゃないかと思う。人のことを気にして優雅に譲ったりしていたら、ここじゃサバイブしていけないんじゃないか、と思います。ただその人たちが自己中で嫌な奴らかというと全然そんなことはなくて、むしろあけすけに好き嫌いを言い、ウマが合うとなったらわりとオープンに語ってくれるので、非常にさっぱりとしていて気持ちがいい。

特に酒を飲むとそのあけすけさに拍車がかかって、自虐ネタをいっぱい言い始める。ほとんどが自分たちを貶めるようなブラックジョークでとっても根暗なんだけど、その根暗さが半端じゃないぶん、逆に笑えてきてしまう。だって「俺の父ちゃんは政府の秘密警察として雇われていたらしくてさぁ、最近その秘密資料がみつかっちゃって、もー、どーしよーって感じなんだよ。ヤバイだろーこれ。抹殺したいよ。父ちゃん頼むよって感じだよ」とか悩み相談されてもさ、暗くなるっていうよりも、むしろその悩みのスケールのでかさに笑いたくなってくるのです。しかもアルコール度数80%の酒をかっくらったりしてる人たちですから（一口なめたけど、舌が焼けるかと思った……）、どこまでホントなのかも怪しかったりする。

大酒飲みの理由としてルーマニア人が利用するエクスキューズは、外気温はマイナス10度とかで極寒だから寒いし「体温めなきゃ」ってことらしいですが、私からすると単純に酒を飲むのが好きなだけだと思います。ちなみに、仲間と酒を飲むのが好きで好きでしょうがなくて、芝居を見るのも好きで好きでしょうがなくて、それで自分んちのリビングルームを劇場にしちゃったというお茶目でチャーミングな男性にも出会いました。自分の家で酒が飲めて、しかも自分の好きな芝居まで見れる、しかも自分で作れちゃう！　出かけるより手間暇かからなくっていいじゃんということらしいですが、、、変にこの男性に芝居創作の才能があったらしく、いまではフェスティバルのフリンジ企画の一部にも組み込まれているほど。「場内30席とかだからさ、いつも満員御礼だよ！　いつでも来てね！」と誘われちゃいました。今度、ルーマニアに行ったおりにはぜひ遊びに行こうと思います。

週末だけでなく、月火水木金土日と毎晩朝４時半とかまで遊び呆ける若者たちがいる学生街のクルージュ。ナイスバディなセクシー美女がそこらじゅうをほっつきあるいていて、女の私でも目を奪われてしまう美女の町クルージュ。是非今度は寒くない夏場に仕事とは別に訪れて、全力で遊んで来ようと思います。美しく整備された観光地でなく、カオスな場所を訪れたい物好きなツーリストにもかなりお薦めです。

(November 26, 2011)
      
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   <title>東京演劇現在形ウェブサイト</title>
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   <published>2011-11-17T11:14:15Z</published>
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   <summary>『東京演劇現在形：八人の新進作家たちとの対話』のウェブサイトを出版元で立ち上げま...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://kyokoiwaki.com/">
      <![CDATA[『東京演劇現在形：八人の新進作家たちとの対話』のウェブサイトを出版元で立ち上げました。このページからAmazonにいって書籍を購入することも可能です。

Hublet Publishing   <a href="http://hubletpublishing.com/">http://hubletpublishing.com/</a>

(November 17, 2011)]]>
      
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   <title>11月5日発売『東京演劇現在形』</title>
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   <published>2011-10-27T16:23:00Z</published>
   <updated>2011-10-30T23:52:41Z</updated>
   
   <summary> 拙著『東京演劇現在形：八人の新進作家たちとの対話 』 がまず11月5日にAma...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="TTT_cover.jpg" src="http://kyokoiwaki.com/TTT_cover.jpg" width="280" height="420" />

拙著『東京演劇現在形：八人の新進作家たちとの対話 』
がまず11月5日にAmazon.co.jpで発売され、翌6日に書店の店頭に並びます。

本書は東京現代演劇シーンで活躍する主に30代の作家たちを、日本で初めて、和英両言語で紹介するインタビュー集です。各インタビューは導入となる短い作家論に始まり、作家の生い立ち、キーコンセプト、主要作品などを網羅します。不安定で不透明で複雑極まる「東京」という大都市に生きる作家たちは、自分たちの強いられた奇形な生を嘆くことはせず、独自の思考法で現実を肯定。ネガティブなラベルを貼られがちなロスジェネ世代の彼らから、その予想外に軽やかでいて肯定的マニフェストが読み取れてきます。

紹介する演劇作家たち：
高山明（Port B）、松井周（サンプル）、岡田利規（チェルフィッチュ）
岩井秀人（ハイバイ）、前川知大（イキウメ）、三浦大輔（ポツドール）
タニノクロウ（庭劇団ペニノ）、前田司郎（五反田団）

なお本書は日本で発売後、11月末からロンドンのCalder Bookshopをはじめ
欧州のインディペンデント系アートブックショップでの販売を予定しています。
こちらも書店が決定次第、発表します。

日本での主な取扱書店は：リブロ池袋本店、リブロ渋谷店、NADiff a/p/a/r/t(青山店)、NADiff contemporary(東京都現代美術館店)、gallery 5(東京オペラシティ内)、Contrepoint(水戸芸術館内)、NADiff 愛知(愛知芸術文化センター内)、下北沢ビビビ、吉祥寺 百年、BOOKAAT(神奈川芸術劇場内)などです。


<em>Tokyo Theatre Today</em> out on November 5th

On November 5, Kyoko Iwaki's latest book <em>Tokyo Theatre Today: Conversations with Eight Emerging Theatre Artists </em> will be published first in Tokyo. Followed by UK book launch on November 30.

The eight playwrights and directors featured in this collection of interviews are the leading Tokyo contemporary theatre practitioners, who are now all being frequently invited to international theatre festivals. Here they discuss their backgrounds, core conceptual ideas, rehearsal techniques, and key works, in conversation with a journalist with over ten years’ experience covering the Japanese performing arts scene. Fully bilingual in English and Japanese, this is the first book published in years to introduce the Japanese contemporary theatre scene to the foreign readers. It is an essential text for understanding Tokyo’s emerging theatre talent as well as important recent cultural trends in Japan.

Interviews with: Akira Takayama (Port B), Shu Matsui (Sample), Toshiki Okada (chelfitsch), Hideto Iwai (Hi-bye), Tomohiro Maekawa (Ikiume), Daisuke Miura (potudo-ru), Kuro Tanino (Niwa Gekidan Penino), Shiro Maeda (Gotanndadan)

The book is also available on Amazon.co.jp. It is set to be sold in other European countries' independent bookstores from December.


(October 28, 2011)
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   <title>28/10/2011</title>
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   <published>2011-10-27T15:30:23Z</published>
   <updated>2011-10-27T16:38:28Z</updated>
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://kyokoiwaki.com/">
      My latest fully bilingual book 
「東京演劇現在形」
「Tokyo Theatre Today」
will be published on November 6. 
Please visit Amazon.co.jp on this date to see the detailed information, or if you happen to live in Tokyo please check the local art bookstores. 
      
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   <title>批評家・イン・レジデンシー</title>
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   <published>2011-10-22T14:21:38Z</published>
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      東京に一週間だけ来ています。いま東京の池袋近辺で開催されている「フェスティバル/トーキョー」という国際演劇祭の「批評家・イン・レジデンシー」というプログラムに参加するためです。「それなに？」と思っている方はおそらく私だけじゃないと思うので少し説明しますと、これはアジア各国から批評家やジャーナリストを10名ほど招いてフェスティバルの演目を観て、自由に、各国メディアで記事を書いてもらうというプログラムです。私はこれは、うまく成功すれば、三つの意味でとても効果的なプロジェクトになるんじゃないかと考えています。

まず第一に言えることは、モダニズム的な「批評の絶対性」はもうずいぶんまえに崩れてるんだよー、ということを広く知らしめることができるってことです。そんなのもうとっくに知ってるわっ、とここでツッコミを入れたくなる人はおそらく一部の知識人だけです。日本ではまだ批評家は「権力者！」みたいな感じが体感として残ってます。オーソリティー感がむんむんしてます。だけど批評家が絶対権力をふるってよかった時期はもうアブストラクトアート全盛のころの米国で終わりました。特に現代のようにソーシャルメディアが繁栄したメディア社会では、インターテクスチュアル（相互編集的）に人びとが意見を交わしあい新たな可能性を考えるための「起爆剤」「問いかけ」「リード線」のひとつになることが批評家の役割になっているように思えます。

まただからこそ、英国The Guardian紙の有名批評家などは、みなブログやツイッターを会社命令としてやらされているのです。そうしてインタラクティブに個別の読者と対話しないことには、いまは批評家なんて象牙の塔で小難しいことをひとりでぶつやいてる理想論者として思われてしまいます。オキュパイ運動やアラブの春に観られるように、いま行動を伴わないインテリは、つまり腰の重さは、全然クールじゃないんです。いまは批評家にも機動力が求められてるんです。だから、こうしていろいろな国のクリティックの、おそらくまったく異なる意見が混じり合い、それが客の目に触れることは非常にいいことだと思います。「あっ、批評家っていっても千差万別なのね」と客がその絶対性の不在にあっさり気付くと思うからです。別の言葉で繰り返すなら、現代の批評家の役割は、絶対的な意見を「バイブル」的に押しつけることにはないのです。観劇体験の「生産性」を高めるためアートと客の「媒介者」的な役割として謙虚に作用することにある、と私は思うのです。

第二に狙える効用は、批評的な目で作品を観る「エージェント」のような存在を客席のそこここに置くことで、観劇（前）後の思考性が促進されるのではということです。今日も観劇後に人と話していて色々勝手にびっくりしていたのですが、ある人は「批評すること」と「けなすこと」を完全に同義語だと考えていました。これは私個人の意見と違うので、ちょっと５秒ほど呆気にとられてしまいました。それでは、いやいやともごもご説明しようと務めながらも、結局うまくそこでは言語化することができませんでした。ああ、もう。だからここで改めてきちんと文字に起こすなら、批評と罵倒は、私の考えではまったく同義語ではありません。むしろ前者は観劇の「理解を促進」し、後者は観劇の「理解を遮断」する、という意味では反意語だと思っています。批評的にものを観ることは、イジワルになることじゃありません。熱意を持って批評的にアナライズすることは、その芸術への心からの敬意がなければできないことです。

そして最後にして最重要の効用は、シンプルですが、世界中の目利きに日本のコンテンポラリー・シアター・シーンをよりよく理解してもらえるということです。これは、もちろん「いい演目が揃っていれば」という条件つきの効用になりますけどね……、でも本当に本当に知ってほしい良質な才能がいたら絶対にやるべきことです。私もこれには今後少しでも貢献するために、いろいろ知恵をしぼってたずさわっていければと考えています。

はい、これが12時間フライトののち、朝５時に空港に到着し、夜11時まで観劇やら入稿やらの仕事に追われて、くったくたになったときに書いたちょっとグダグダなブログです。でもまあ忘れないうちにいろいろ書いておきます。私は批評家でなくジャーナリストだから、「意見を作る」ことと同時に「意見を伝える」ことが重要な役割のひとつとしてあるので。うん、ちゃんと仕事をこなしておこうと思います。これがなにか、皆さんの考えのトリガーになればとっても嬉しいです。異論反論あったら、是非ツイッターでつぶやいてください。それでは、おやすみなさい。

(October 22, 2011)
      
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   <title>英語という機械へのチェンジ</title>
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   <published>2011-09-18T23:06:44Z</published>
   <updated>2011-09-18T23:37:43Z</updated>
   
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      二月ほどブログをお休みしていました。自覚的に休んでいたわけではありません。脳内に書きたいことは山のようにあったのですが、どうやら思考が追いつかない速度で行動が進むときには言葉が後手後手になってしまうようです。より平たく語るなら、自分が物語の主人公であるときには作家として物語を書くことができない。この二月は、いままで以上に全力でアクションの日々だったのです。だから体が倒れるまで走るのがモットー、というより否めない自分の生き方なのですが、この期間で体から二度ストップがかかりました。一度目は低体温症、二度目は食中毒です。休めっていってんだろこら、と体が怒りまくっていることを身をもって納得させられました。

もうひとつブログから離れていた理由は、言語の問題です。ここ90日ほど、ほぼ完全に英語だけで暮らしていました。リーディング、リスニング、ライティング、スピーキング、すべて母国語ばなれです。しかもそれが私にとっては、幸いなことにさほど苦ではなかった。むしろ武器としての英語の強度があがることにより、思考半径（読める文献や会える人など）と行動半径（学会や参加イベントなど）が広がることに至上の喜びを覚え、おそらく、一週間に三冊のペースで本を貪り読んでいたように思います。主に、思想書と芸術書です。

さらに、個人的プロジェクトのため英文ライティングも同時期に進めていたため、この二月で128ページほど英文を書き上げました。英語スピーチも、二度こなしました。もはや、独り言も英語になるほど脳内はイングリッシュです。（抽象的な思考はまだまだ日本語ですが、夢はたまに英語です）なのでキーセンテンスがあり、結論があり、その理由を簡潔に述べるという、ロジック思考でいまはほとんどの活字に対しての意識が注がれています。

そうなると、少なからず以前の自分の言葉への「対しかた」に疑問が出てきます。内容と同程度に装飾や彩りや音階で書き綴っていた以前の日本語文章が、なんだか子供じみた「気取り」に思えてきてしまったのです。それで少し日本語から離れて、というか離れざるを得ない脳内状態となり、言語回路をしこしこリフォームしていたわけです。

このリフォームがいまはようやく完了しかかっていて、現時点でプロ仕様の文章を求められると、二月まえの自分とはあきらかに違う「デバイス」を使って文章を書くようになっています。語彙が増えたとか、言い回しがうまくなったとか、そういう小手先のレベルではなく、文章という機械をまるごと取り替えた感じ。三十にして新たな執筆言語を手に入れたことに、文章を書かない人間にはどうでもいいことかもしれませんが……、個人的にいいようのない喜びと興奮を覚えていたりします。

最後に、余談ですが、このあいだ久々に日本人の方たちと話したら、これが非常に奇妙かつ新鮮な体験で驚きました。毎日触れていたはずの日本語会話の「同調」や「空気読み」や「女性としての自己規制」の感覚が、自分の体内からかなりの度合い除去されていて、他者の文化として客体化して接していることに驚いたのです。子供時代に米語圏で過ごしたせいもあるのかもしれませんが、あんまり懐かしいものとして蘇ってくる感覚の言語ではなかった。簡単にいえば、日本語に対して少し外国語感覚になっている自分がいました。

さて、今月末から本格的に学術研究が始まるわけですが、果たして私の日本語感覚はどう変質していくのか。日本語が自分から抜け落ちることはまずありえませんが、モノリンガル思考がバイリンガル思考になると、思考の幅はどう広がるのか、内容はどう変わるのか。「言語の限界が、思考の限界」という哲学者の言葉を、じゃあもっと広く思考したいなら言語を増やせばいいんじゃーん、とか生意気にぼやきながら、言語と思考の限界を打破する日々を楽しもうと思います。

(September 19, 2011)
      
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   <title>五輪開催地域と芸術家村</title>
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   <published>2011-07-31T21:21:35Z</published>
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      <![CDATA[今日は「Hackney WickED」という地元で始められてまだ４年目、という若くて勢いのあるインディペンデントなアートフェスを覗いて来ました。嬉しくも本日のロンドンは、今夏最高の晴天。同居人の劇場デイレクターに「アートの質はそんなに高くないけど、そこで暮らしてる人たちの日常が変てこだから見ておいで」と言われ、朝からの原稿執筆にほとほと疲れたころ、半袖ワンピを着こみサングラスをかけ「夏だぜ！」と心で叫びながら、電車で四つさきの「Hackney Wick」駅まで出かけていきました。

下車してすぐさま思ったのは、偉いアーティーな人種ばかりがたむろしているねということ。もっと簡潔にいえば、ペンキまみれのきたねえ兄ちゃんがいっぱいいるねってこと。それもそのはず、下車してすぐさま「楽しんでってねー」と言われフェスティバル関係者と思わしき防御服姿（なぜ？）の兄ちゃんに渡された地図を見ると徒歩15分圏内に26ものアートスタジオが所狭しと軒を並べている。かつては灰色の工場街・倉庫街だった古びた建物をアーティストたちがのっとって、ばんばんスタジオにリノベーションしているのだ。聞くところによると数年前までは、本当になんにもない野っぱら地域だったという。ただ土地があり、川があり、広くて美しい空があり、アーティストの住まいにはぴったりな空間があったため貧乏芸術家がどこからともなく民族大移動をしてきたのだ。

さて、覗いてまわったギャラリーは同居人が言うように確かにさほどクオリティは高くなかった。ただこの「ハックニー芸術家村」で暮らしている人たち、行われている出来事は、本当にクレイジーでおもしろかった。まず目撃しておもしろかったイベントのひとつに「フローティング・シネマ」というものがある。これは川べりの船内で暮らすアーティストが自分の家であるボートから川沿いの壁に映像を投射して「みんなで映画を楽しみましょう」というイベント。夜もとっぷり日が暮れてから、川沿いにみんなで寝そべり映画を見るのはなんだか子供返りしちゃったようでワクワクした。さらにこの川沿いには、変てこな居住者がいっぱいいて「フローティング・ブックストア」「フローティング・ケーキショップ」なんてものが並んでいる。私は五時のおやつに、フローティング・ケーキショップで手作りキャロットケーキを堪能。川沿いのテラス席でケーキ片手に日光浴をしていたら、突然ギターを持った兄ちゃんが船体のうえに飛び登って弾き語りをはじめておどろいた。

でもこんなことで驚いてちゃいけなかった。夜もまぢかになりそれぞれのアートスペースのまえでレイブパーティーが始まったころ、川にすっぽんぽんになり飛びこむ人たちが次々に続出した。女性も男性もまっぱだか。それで汚染されて緑色になった川のなかにドボーンと飛び込み、じゃばじゃばスイミングを楽しんでいる。他人事ながら、雑菌にやられてあとで高熱にうなされないようにと心でつぶやいてしまった。

ちなみにこんな自由でクレイジーでむちゃくちゃなボヘミアン民族たちの住まいが、今話題のオリンピック開発地域のすぐ目のまえにある。川の向こうには完成間近のオリンピックスタジアムがどどーん。政治権力をこれでもかと誇示して君臨しておりました。ちなみに言うまでもなくここイギリスでも政府からの芸術分野への助成金は削減されているのですが、オリンピックが開催されるイーストロンドン地域への出資金は増えているそうです。このフェスにも「オリンピックパーク・レガシーカンパニー」という、オリンピックに向けてイーストロンドン地区の公共スペースを活性化するために設立された企業が出資しています。果たしてこれは良いことなのか悪いことなのか。この地域やこのフェスティバルが来年以後どう変わってしまうのか。ロンドンの資本主義の餌食にならないことを心から祈っています。
</br>


<a href="http://kyokoiwaki.com/IMG_0165.jpg"><img alt="IMG_0165.jpg" src="http://kyokoiwaki.com/IMG_0165-thumb.jpg" width="225" height="310" /></a>
自作の巨大楽器のまえで、観客と歓談する兄ちゃん

<img alt="IMG_0166.jpg" src="http://kyokoiwaki.com/IMG_0166.jpg" width="340" height="235" />
スタジオのすぐ後ろにオリンピックスタジアム

<img alt="IMG_0162.jpg" src="http://kyokoiwaki.com/IMG_0162.jpg" width="340" height="235" />
フローティング・ブックストア

(July 31, 2011)]]>
      
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   <title>地獄の週、楽園の週</title>
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   <published>2011-07-28T23:05:35Z</published>
   <updated>2011-07-28T23:21:07Z</updated>
   
   <summary>ロンドンに来て二週間が経過しようとしています。ようやく家が決まり、銀行口座も開き...</summary>
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      ロンドンに来て二週間が経過しようとしています。ようやく家が決まり、銀行口座も開き、携帯電話を手に入れ、学業がはじまり、なんとなく「生活」のようなものが築き上げられつつあります。もちろん成人して十年以上経ってから、これほどゼロ地点から生活のすべてを築きあげたのは初めて。一般的には人は歳をとるほど新たな環境にストレスを感じるようになると言われるため、来るまえはちょっと不安に思っていたのですが、いざやってみたらそうでもなかった。というより、適度に歳をとってからのチャレンジでむしろ良かった。

というのもこの歳になるとすでにブレなく「自分好みの生活」があるため、それに則した町、則した家、則した食事処、則したカフェ、などをひとつひとつ選んでいったら……、かなり最短距離でベストな環境を身のまわりに整えることができた。これは服選びに喩えられます。誰だってティーネージャーの頃は、なんでもかんでも新しい服に挑み体力も金銭も消耗しまくります。でも三十にもなればある程度ニュートレンドに目をむけつつも、自分の服の趣味というものがブレなく定まっていく。だからたとえ千着の服を並べられても、瞬時にそのなかから自分の「好き」を選ぶことができる。で、結論をいうなら、なんでも高くて保守的なロンドンにしちゃかなり理想的な生活環境がいまの自分のまわりにはある。牛肉をキッチンで料理したら激怒された、ヒンズー教徒の家に間借りしていた最初の一週間とは大違いです。

そう、最初の一週間は波乱でした。靴擦れするヒールと似合わない服を着て暮らしつづけるような不格好な毎日だった。まずそもそも一週間たえまなく雨雨雨という不運に見舞われ、わたしは監獄かと思うほど暗い半地下の部屋で濡れたワカメのように湿気た布団にくるまり鬱々と睡眠をとりつづけるしかなかった。大家さんのセフレがいきなり泊まりに来たのもアクシデントで、夜寝られないったなかった。しかもクマだらけの目をこすり地下鉄に乗ると、早朝ラッシュが日本以上に半端ない。アクシデントも日常茶飯事で、渡英二日目にして乗り換え駅がファイヤーアラームで閉鎖。しょうがないから隣駅まで迷いまくって20分歩いたらその駅もなんかの理由で封鎖。じゃあ第三案とバスにのったら大渋滞で遅々として進まない。「ダア、もういいや」と思ってその日は完全に目的地に辿りつくのをあきらめた。で、生活の唯一の希望だった、家から徒歩５分の超良質カフェでストロベリーマンゴースムージー。一杯７００円の高級スムージーで心を癒してしのぎました。

打って変わって今週、自分で選んだイーストロンドンの新居に引っ越してからは生活環境が天国です。ここダルストンという町は「英国のブルックリン」と呼ばれる地域だそうで、家賃安、食事安、物価安、ロンドンで一日を争う美味くて安いケバブとフォーがあって、日だまりのカフェも人が少なくて最高。天気が良い日には隣人が屋根のうえで日光浴をしながら食事をしているし、終末には『秘密の花園』のようなプライベートガーデンが市民に開放されピクニックを楽しめるし、今日行ったライフハウスのカフェまえには小さな広場があって客がピンポンをして遊んでいた。しかも大学院への路程は、乗り換えなしで15分。都心の地下鉄と違い全然混雑しないため、来週からは折りたたみ自転車を持ちこんで乗車予定です。とまあ環境自体は最高だから、あとは、、、この生活をいっしょに楽しめる友だちを作るだけ。まあ、それはちょっと時間がかかりそうです。

最後にミニ情報をひとつ。ロンドンでは50年代ヴィンテージファッションが大流行していて、町中にレトロな花柄ワンピや水玉ドレスを着た女の子があふれています。今週末にはサウスバンクセンターで「ヴィンテージ・ダンス・パーティー」が開催されるほど。変な花柄ドレスを着ていけば、夜通しブギーやシミーをして楽しめるのでしょう。ちょっと覗きに行ってみたいかなとも思うけど、まったく似合わない花柄ドレスを着る勇気をふるいたたせられるかどうか……。たぶん、行かないな。

(July 29, 2011)
      
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   <title>ロンドナーの経済時間感覚</title>
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   <published>2011-07-17T13:52:22Z</published>
   <updated>2011-07-17T14:45:19Z</updated>
   
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      欧州二カ国の旅を経て、昨晩ようやくロンドンに到着しました。さきに訪れた国々があまりにノンアジアンな土地だったからか、辿りついてまさっきに思ったのは「ロンドンは日本人が多いね」ということ。チューブに乗っても、カフェに入っても、テスコで買いものをしても、あきらかに日本人だと思える顔にでくわす。おそらく商社や銀行などの大手日系企業がいっぱい進出してるんでしょう。あるいは初海外渡航のういういしい語学留学生も多いのかもしれません。とはいえ、なぜ日本人はあえてロンドンに居住しつづけようと思うのでしょう。ここには、なにか偶然ではない必然の理由があるように思えます。

これは私の勝手な推測ですが、おそらくその理由は「英語圏だから安心する」という言語的優位性以上のなにかがあるように思えます。それは一言でいば、この街に流れている「空気が非常に東京に似てる」からじゃないか。つまりこの街には、金で幸せを買えるという、効率性をいちばんに考えて動く金稼ぎの空気が蔓延しているのです。

個人的には経済中心の時間感覚があまり好きじゃありません。ミヒャエル・エンデが『モモ』で書き綴っていたように、金稼ぎのために時間を使っていくと、知らないうちに人生が労働時計に浸食されて痩せ細っていくのです。簡単にいえば、２週間休むために２年間馬車馬のように働かなきゃ不安、という過剰規律な心を社会から植えつけられていくのです。

昨日までいたドイツ語圏の街は、私もよくは知りませんが、非正規雇用者だろうがフリーターだろうが自由業者だろうが、誰もが必要最低限プラスアルファ（ここが大事）の人生が味わえる場所のように思えました。５００円程度でおいしいごはんが食べられて、土地があるから家賃も安くて、カフェに行けば人口密度が高くないためゆったり何時間もネットをしていられる。大枚を叩かずとも、食って寝て働く以上の人生の喜びが得られる。つまりは経済原理に支配されすぎていない街の良さがそこにはあったのです。

そういえば最終日に入ったギャラリー街のカフェでは「支払いはキャッシュオンリーでよろしくね」とメニューに手書きですらすらっと書かれていました。何だこりゃと思ってその宣言理由を店員のお姉さんに訊ねたら、「利子でバカもうけしてるモンスター銀行には、ビタ一文たりとも与えてやりたくないのよ」とのご返答。なかなか気概のあるカフェでよろしいね、と心底思いました。さらにお会計もロンドンやパリの６割ぐらい。……「ねー、すばらしいねー」と三百回ぐらい心のなかでつぶやいちゃいました。

経済時間に心が支配されていくと、あえて強い表現を使うなら、客を「金のための鴨」として扱うようになります。たとえば、昨日わたしが利用した空港往復のタクシーが良い例でした。ドイツ語圏の街では、市内から空港まで20分タクシーを利用しました。40歳ぐらいの小ぎれいなメガネおじさんが運転手で、このメガネさんがすばらしく「人間味」のある対応をしてくれました。人間味といっても、それはほんの些細なことです。例えば、ちゃんと挨拶をするとか、スーツケースを乗せるのを手伝ってくれるとか、空港に着くときにどこのターミナルを利用するかちゃんと聞いてくれるとか、帰り際に「Have a nice flight」って言ってくれるとか。要は、こちらをただの「金づる」だと思っていない対応なのです。

けれどこれとは反対に、ロンドンのパディントン駅から10分間タクシーに乗ったら、酒焼け鼻のメタボおじさんは鞄は乗せてくれないわ、挨拶はしないわ、行き先を伝えたらシカトしようとするわで「おい、なんなんだよ」と本気で怒りそうになりました。まあ、たまたま極端に態度の悪い運転手にぶち当たってしまっただけでしょうし、ロンドンにももちろんいい運転手さんがいることも知っています……。ただ「経済中心に世がまわされすぎると、どうなるか」ということの端的な事例としておもしろいと思えたのです。

自分が隣人よりもちょっとばかりいい暮らしをしたいがために、経済中心の思想原理に乗ってアコギな態度を身につけてしまうのはとても悲しいことです。「汝の隣人を愛せ」というキリスト教の言葉が、ちょっと建前になりすぎている。そういえば、数年前に英国ロイヤルコート劇場で観たマイク・バートレット作『マイ・チャイルド』が現在の英国社会の自己チューぶりを告発する内容の芝居だったな。「ロンドンでいい人でいたら損をする！」「子供だっていちばんいいオモチャを与えてくれる成功者を尊敬する！」というほんとに残念な気分になる40分の一幕芝居だった。

そんな弱肉強食な社会で、あたしはあしたから生きていかなきゃならないのです。しかも、むちゃくちゃひとりぼっちで。枕を抱きしめて自分を叱咤激励したくなるエブリモーニングです。まあでもね、社会全体の品格に対する責任は負えないけれど、自分まわりの品格は心がけ次第で変えていけるから。経済時間に支配されず内的時間を充実させるべく、心に太陽のゆとりをもってポジティブに行きましょう。

(July 17, 2011)
      
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   <title>東京をニュートラルに旅立つ</title>
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   <published>2011-07-07T08:17:43Z</published>
   <updated>2011-07-07T09:07:50Z</updated>
   
   <summary>さていよいよロンドンに向かいます。と、意気込んで「いよいよ」などと書き綴ってはみ...</summary>
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      さていよいよロンドンに向かいます。と、意気込んで「いよいよ」などと書き綴ってはみたものの、自分にはあまり「いよいよ感がない」というのが本音です。

これは別にネガティブな意味でなく、非常にニュートラルにそうなのです。

自分のなかではすでに数年前から世界と日本の境界線みたいなものが、ぼんやりと消失していて、英国にほんの一年移り住んだところで、さほど世界が劇的に変わらないという予測が容易につくからです。私があと十歳若ければ「えらいこっちゃ」という期待感を持ったんでしょうが、いまとなっては海外に行くとはいえ、この遊学を足がかりに次なる何を見つけるか、現実的なステップを力強く歩いてるだけという着実感のほうが大きい。

とはいえ、ここ数ヶ月「なぜ留学するの」という質問を多く受けたので、その答をここに書き留めておこうと思います。答は二つです。一つは、ライフスタイルのポシビリティが増えるから。二つめは、今ある何かにしがみつきたくないから。

一つめは簡単です。仕事上、拠点を日本とヨーロッパと二つ持ったほうが、私の場合はいろんな可能性が見えてきます。その両輪のうえにビジネスモデルを考えよう、という計画も浮かびます。またプライベートな面も同様で、暮らせる場所を複数もったほうが人生の選択肢が増えます。これはいまだ解決されていない原発問題なども、もちろん絡んでいます。今後もし家庭や、子供や、あるいはそのどちらか一方でも持ちたいと決めたとき、わたしは日本以外の場所で正直それをしたい。アメリカの傀儡政権のようになり思想を骨抜きにされたこの国家っぽい形態をとった変な場所に、不安がないと言ったら嘘になるからです。

私はニッポンで生まれたニッポン人なので、この国に愛着があるしこの国になるべく住みつづけたい。さらにいえば、なんらかの形で貢献したい。でもその反面、ものすごく女的でエゴイスティックなことを言うならば、一回こっきりしかない人生、健やかな場所で愛する人たちと人生をエンジョイすることもマジで重要だと思えるのです。

二つめの理由は「定住」への窮屈感とも言い換えられます。ずーっとおなじ場所に居ると、仕事や友人関係においてなにがしかの絆が築かれます。これは本当に大切にすべきモノで、もちろんネガティブなモノじゃない。けどその絆を、今日も明日も明後日もある、当たり前のものだと思いこみはじめると、美しい絆もどんどん腐れ縁になっていく。なぜなら人間関係なんてものは思いっきり「行く川のながれは絶えずして、しかももとの水にあらず」なわけで、きちんと現実認識を刷新していかないと、気づいたときにはある絆が不必要になっていたりする。もっと言えば「必然の命綱」だと思っていたものが「窮屈な鎖」に変わっていたりする。だから私はいちど外に出て、おまえは要らないものにしがみついてないか、それで怠けたりしてないか、と自分を再点検したい。いちどぷらーんと宙ぶらりんになって、掴むべき絆をちゃんと見定めたい。

これが私の表向き勉強するために行く、留学の根にある根本理由です。物理的な転地以上に、精神的な転地を大事に思っているのです。だってもう無知な子どもじゃないんでね、いきなりロンドンに行ったからといって「外国かぶれになる」なんてことは絶対にありえない。どこにいっても私は私、どこにいっても日常は日常。おそらくロンドンに行っても「生活感ないねー」「風景に溶け込んでないねー」とか言われながら暮らしていると思います。

では皆さん、ちょっといってきます。
また明日から私は土地を変え、自分の歩幅で歩いていきます。
どこかでまた逢ったら、独り好きなくせに寂しがりなめんどくさい私と遊んでください。

(July 7, 2011)
      
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   <title>「ふだん革命」の提言</title>
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   <published>2011-06-19T15:09:09Z</published>
   <updated>2011-06-19T15:20:06Z</updated>
   
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      震災から３ヶ月が過ぎて東京は表面的には完全に「日常」をとりもどした。喫茶店では女子大生が「向井理ってかっこよすぎて訳わかんなくねー」と言いながら馬鹿話をし、ジムにいけば主婦仲間が「佐藤さん、そういえば今日フラダンスのあとイタリア語会話でしょう？」と和やかに余暇会話にふける。大震災の事実はもはや、完全に「スルー」された感がある。もちろん有識者層はいまだに、政府が放ったらかしている福島の子どもたちの救助活動に対し切迫感を抱き、管首相がＧ８サミットで唱えた自然エネルギーを２０％にという行動指針の緩さへ苦言を示し、さらには先月の自殺者が前年比１７．９％増であったことに対して不安感をつのらせている。けれど、これら空中に飛びつづけている「危機感」をキャッチしている人間は予想外に少ない。すべての危機レーダーをスルーして、私たちは毎日まったり生きましょうよ、という震災前のふだんの生活に戻ってしまった気がしてならない。

もちろん、誰もかれもが学者のように厳格に思考して生きねばならないわけじゃない。自分の身のまわりのことで精一杯、たまの休日ぐらいお茶をして休息したいという気持ちになるのもわからないでもない。でも、あえて自戒の念もこめていいたい。おそらく今後の日本は、経済的にも政治的にも、その「ふだん意識」を変えないことには落ちぶれていくと思う。「ふだん」を変えることから「国」を変えていく。その発想を否応なく持たねばならない時期に来ているように思う。

先行世代を見ていると、子どもと会社と近しい友人と金の苦労さえなければ、まあまあ幸せネ、といえたのだと思う。その「ふだん」が続いていくことが当たりまえで、それを「ふつうの幸せ」として尊んだのだ。でも、震災後の日本にもその「ふつうの幸せ」は持ち越そうとするのは都合がよすぎる。震災以前の「ふだん」は、今のところ表面的に「向井理、やばくねー」とのっぺり保たれているけれど、あきらかに内部構造は朽ち始めている。このままいけば、あるとき基礎構造がくずれビルの底が抜けおちる。そうならないためにも、日本は変わらなきゃならないのだ。ただ国を変えよう、社会を変えよう、と大上段に構えると、行動にでるまえに疲れちゃうし、「目的」が「夢」に終わって実現化しない。だからわたしは提案したい。そのあたりに転がっている「ふだん」を変えることから「国」を変えようと。

学生から主婦にいたるまで誰もが、ちょっと負荷を感じるような行動に出ればそれでいいのだ。例えば、スーパーにいって福島産の野菜が売られていたら、それについてスーパーの店員に問いただす。息子の学校の土壌の被曝量が心配なら、市や区にみずからお願いして線量を計測してもらう。そうやって、ひとりひとりが少ししんどいぐらい家族圏外のことについてキマジメに考えていく。そうして「ふだん」の意識を変えていけば、おのずと国はいいほうにまわる。

その際に、大きな分水嶺になるのが「怠慢さ」との戦いだ。わたしの考えでは、七つの大罪のなかでも「怠惰」はもっとも深刻で根の深い罪だ。ほとんどの人は自分のなかで日々小さなエクスキューズを作り自分の怠慢さを肯定していく。わたしは、自分が根っからの無精ものだからこの罪のことがよーくわかる。プレゼンの資料をもういちど読み直したほうがベターなのはわかるけど、読み直さなくても仕事は終わるから別にいいや。もう一品食卓に総菜をそえたほうが健康にいいのはわかるけど、作らなくても明日病気になるわけじゃないから別にいいや。そうやって、人はどんどんどんどんラクなほうに転がっていく。そしてラクなほうに転がっていっても、それなりに「ふだん」が保たれていることがわかると、さらに知らないうちにラクなほうに進んでいく。そうして思考停止し、責任放棄し、ミニマムエネルギーで送れる日常の城を構築していく。

この考えを、これからの日本人は少しずつ改善していかなきゃならない。自分は非力だから国を変えられない、とあきらめるのはまちがいだ。なぜなら、見方によっては誰もがなにかの専門家なのだから。主婦だったら近所の公園とスーパーの品質の専門家だろうし、学生だったら近所のコンビニと安居酒屋の専門家になれるし、ましてや職を持つ人間だったら自分にしかわからない知恵が必ず一つはあるはずだ。その知恵を、ひとりひとりが国のために生かしていく。そうすれば、希望論かもしれないけれど、いずれ国家という大山が動いていくように思う。日本は「大衆」というひとつの顔なしなバケモノの生命維持装置をそろそろ止めなければならない。そして、個々に顔をもち意志をもつ市民の集まりとして有機的に運動していく必要がある。

おそまつで推敲のたりない文章だけど、本当にいまこの意識を少しでも国民が持たないことには、日本は将来困ることになると思う。余計なお世話よ、というご意見ももっともなんだけれど。私も含めて全員が、今日からひとつずつ「めんどうくさい行為」をなくしていけたら、すごい革命がおこると思う。まず駅前商店街の民度があがるだろうし、その地域の住人の意識が高まるだろうし、その地域の市長や区長はきちんと選ばれるだろうし、……そうしてすぐにとは言わないまでも数年も経てば国は変わっていくはずだ。なので三度繰り返すけど、ここで「ふだん革命」を提唱。ふだんの負荷をあげていけば、国の質もあがっていくはず。

(June 20, 2011)

      
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   <title>告知：７月ロンドン移住</title>
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   <published>2011-06-06T08:44:34Z</published>
   <updated>2011-06-06T08:55:54Z</updated>
   
   <summary>皆様、例年以上に早い梅雨入りでジメジメした毎日がつづきま すが、いかがお過ごしで...</summary>
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      皆様、例年以上に早い梅雨入りでジメジメした毎日がつづきま
すが、いかがお過ごしでしょうか。今日はわたしの渡英の件で
ご連絡さしあげています。年始めの時点では、8月末に渡英予
定で計画を進めておりました。しかしその後半年で、震災のこ
とや、仕事のこと、個人的なこともふくめ環境的・心理的に動
きがあり、いろいろ考えたすえ予定していた渡英をひと月半ほ
ど早めました。

日本出発日は7月8日です。

文化庁新進芸術家在外研修制度はめでたく落選したため、伊藤
国際教育交流財団から助成金をいただき渡英します。もしそれ
までになにかごいっしょできるような、プロジェクトがありま
したらご連絡ください。

予定では2012年の8月末まではロンドンを拠点に、欧州を駆
けまわっています。その後の計画も漠然と考えはじめています
が、いまお伝えできることは、日本とヨーロッパ双方に拠点を
もち、シアター・ジャーナリズムを中心とした仕事をつづけて
いきたいということです。

渡英先では大学院でのリサーチが待ち受けるため、第一には勉
学に励む予定です。ただ渡英が決まった時点で、多方面の方か
ら「ではその立地をいかして、このような仕事をしませんか?」
というオファーを頂き、且つ、それがわりと楽しそうだったこ
ともあり、請け負える仕事はつづけていくことにしました。
もしパフォーミング・アーツに絡むジャーナリズムのお仕事で、
なにかお困りの際にはご連絡ください。

また今後はロンドンという立地をいかし、和英言語での執筆業
務だけでなく「パフォーミング・アーツ・コンサルタント」と
して、欧州のコンテンポラリーシアター&amp;フェスティバルの、 
視察業務、レポート業務、リサーチ業務、アドバイス業務、な
ども始める予定でいます。冬頃にはきちんと業務窓口を設けま 
ので、その頃にまたご連絡します。

それでは、来月からいってきます。
皆様、ロンドンにお越しの際には、是非ご連絡ください。
日本語に飢えてると思うんで。

(June 6, 2011)
      
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   <title>仕事十年のふりかえり</title>
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   <published>2011-05-29T16:35:58Z</published>
   <updated>2011-05-29T16:52:49Z</updated>
   
   <summary>今週の大プロジェクトとして、家にある過去執筆記事をぜんぶデータ化した。いちばん古...</summary>
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      今週の大プロジェクトとして、家にある過去執筆記事をぜんぶデータ化した。いちばん古い原稿は2001年10月に書いたもの。読み返すと原稿というより作文にちょっと毛がはえたぐらいの代物で、よくこれをパブリックな雑誌に掲載してもらえたもんだと、笑いながら悲しくなってしまった。ただカット、スキャン、アーカイヴ、という淡々と退屈な整理業務をつづけるうち、興味深い発見がみえてきた。自分の今までの十年は、どうやら大きく三つに別れているのだ。

まず第一期は01年から04年までで「修行期」。小さな週刊誌の紹介記事であれ何であれ、降りかかってくる仕事を何ひとつ断らず、駄文を書き殴っていた。このとき自分の指針にしていたことは「仕事は絶対断らない」。大学時代の恩師が「若いうちは数をこなして体で覚えろ」とアドバイスしていたことを思いだし、とにかく来る球来る球打ち返し、なるべく打率をあげていた。まだこの頃は業務のすべてに新鮮味があって、毎日に飽きるということがなかった。

第二期が05年から07年までで「停滞期」。この期間は自分でもよく覚えているのだが本当に精神的にしんどかった。書かせてもらえる媒体は、5誌から10誌、10誌から15誌と増えていき、周囲から順調に仕事が進んでいるように見えていただろう。でも自分としては「受動的」に仕事をこなしていくことに、とにかく精神的限界を感じていた。毎日浴びるように仕事が来る。それはそれでありがたいのだが、その業務処理に追われてあまりにも自由がない。私のなかには言われたことはまっとうせねばという優等生な女と、言われたことに反抗したいという革命的な女がいつも両天秤に乗っていて、そのバランスを保ちながら生きているのだが、この時期は後者の革命女が「自由」を求めて叫びじゃくっていた。能動的に行動したい。その気持ちが発狂せんばかりに溜まっていった。

その反動で第三期の08年から10年は「行動期」を迎えた。書く場、知りあう人、向かう国、やりたい仕事。そのすべてを自分で行動して獲得していく。いまから振り返るとこの頃は、思考してから歩くのでも、思考しながら走るのでもなく、思考せずして走りはじめていた。思いついたら、そく行動。いや、思いつくもなにも行動しないと死んじゃうようなピンチ感があった。その無鉄砲な行動のせいで、金銭的にそうとう痛い目を見たこともある。今思うとバカだなと思う。

そして今年の2011年からは、また大きな移行期にある。しいて言うなら「拡張期」。ものを書くという業務に附随する、社会的責務が大きくなってた。それに応じて自分がきちんとどのように世に貢献できのるか、市民としての役割、シアター・ジャーナリストとしての役割、ということを考えるようになってきた。

人間十年も仕事をつづけていると、行動に流れがみえてくる。その流れを振り返ると、まずなにより節目節目に自分の尻を叩いて「泳ぎつづけろ、先に進め」と身一つではなかばカナヅチな自分を叱咤激励してくれた、貴重な人たちの存在に感謝したい。いまの私はその人たちの愛なくしては絶対にない。のんきに生きてきたわりには、人に恵まれて幸運だなぁと心から思う。また、今後も私は「定点」よりも「変転」の人生を選ぶとおもう。だからこれからの数年でどこに辿りつきたいか、いっぱいワクワクしながら目標を立てたい。

あれ。過去記事の整理から、ずいぶんナイーヴなブログになってしまったな。とにかくこれからも、過ぎゆく一瞬一瞬に敏感に毎日を生きていこうと思います。

(May 30, 2011)
      
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   <title>変で不思議なシンガポール</title>
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      シンガポールという国は、ポルトガルに侵略され、イギリスに植民地支配され、日本に占領され、もういっかいイギリスに植民地支配され、というとにかく複雑な歴史を持つ国だ。そんな国に初めて来て思うのは、その複雑な歴史そのままに、とても複雑な場所だということ。とにかく頭のなかに「変」という言葉が一日中なんども鳴り響く。

まずそもそも、街中にいるほとんどの人間が中国系かマレーシア系かインド系なのに、電車やショッピングモールなどの公共施設でのアナウンスはすべて英語だということが変。ほとんどの人が家族や友達などのプライベートな場では母国語の中国語などをしゃべっているのに、いきなりパブリックな場になると英語をしゃべりだす。しかもものすごいレイジーな英語で、中国語のアクセントそのままに英語をしゃべるからほとんど私には解読不能。ラーメンのなかにチリとビネガーをいれるかとホーカー（屋台村）で聞かれたとき、耳に入ってきた言葉は「ユラッチレブネガッ(You like Chilli and Vineger?)」であった。……五秒固まってから、イエスと答えた。そのチリビネガー入りのラーメンをずるずる食べながら、ふと考えた。「ここの人たちは、この国家的な言語政策をどう捉えているのだろう？」。自分は中国人で家では中国語をしゃべっているのに、外に一歩出たら街のすべてが英語。もし日本がそうなったら、そうとう気持ち悪いように思うけど。シンガポーリアンたちは侵略の歴史が悲しくも体に染みついているから、それが普通なことになっているのだろうか。

これと同じようなポスト植民地状態が、あらゆる駅近のショッピングモールにもみられる。たとえばシンガポールの人たちは買い物に来て、フランスの巨大スーパーCarrefourで買い物をして、そのあと日用品を英国の大手商品店Marks&amp;Spencerで入手して、疲れたら地下に下りていってモスバーガーを食べることができる。もちろん日本でも伊勢丹などに行けば、世界中の商品を入手することができる。だけど下町にいけばまだまだ地元の小売店が残っている。シンガポールの街では、地元経営の小売商店のようなものを（インド人街や中華街は別にして）ほぼみない。というか、それどころか街中で店そのものをあまり見ない。国家政策の一環で、あらゆる商業施設は巨大ショッピングモールのなかに収容されていて、街中はかぎりなく整備された道路と、プチジャングルのような公園の緑で溢れているのだ。整備が行き届いていてきれいだし快適だけど、なんだか非常に人工的で変。たとえば私はレストランから劇場に移動したい場合、たとえそれが徒歩15分圏内でも、歩道がないから車かバスを利用するしかないのだ。だからタクシーは格安で、ほとんどの市内の場所に500円以内で向かうことができる。今日、男子中学生ふたりがタクシーを乗り込むのをみて、変なのー、と思ったのは私がシンガポーリアンじゃないからだろう。

とにかく、あらゆることに興味の尽きない変さを感じるシンガポール生活。まだ数日しかここにいない私には詳しいことはわからないけれど、直感的にわかるのは、すべての根幹には国家による厳格な人民管理があるということ。朝起きてから夜寝るまで、なにを食べて、なにを見て、なにに金を払って、という行動の導線が国により決められているような感じがして。快適だけど違和感が残る。そんなことを地元の男の人と話していたら「そうなんだ、シンガポールは国家によりすごい管理されてるんだ。しかもどんどん新しいビルが建って新しいルールができていくから、10年も年齢差があると、もうおなじ国の人間だと思えない。それぐらいシェアできる記憶がないんだ」と語ってくれた。うーん、変。と思って眉間にシワを寄せてカフェでブログをかいていたら、熱帯の虫に頬を噛まれて顔がちょっと腫れてぶさいく状態。いくら冷房がきいていて快適でも、いくらまわりがスタバで英語でも、やっぱりここは熱帯なんだ。


(May 21, 2011)
      
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